老後のおカネ

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ローマ人の物語

いつの頃からか、塩野七生さんのファンで間違いなく愛読作家のひとりです。ネットで本を買うというような習慣が社会に存在していなかった頃、よく通っていた書店で「塩野七生新シリーズ刊行記念サイン会」のパンフレットをもらい、指定日に行列にならんでゲットしたのが、『ローマ人の物語1・ローマは一日にして成らず』に他なりません。というわけで、私が所蔵する『ローマ人の物語1』のオモテ表紙ウラには、

1992年七夕 塩野七生

と、ご自身の万年筆によるサインが書かれています。上記書店のウラ倉庫のような暗い場所で、不満の声ひとつも出すこともなく、黙々とサインをされていたのをよく覚えています。といった事情で、同書は、いうまでもなく、アマゾン・マーケットプレイスで売り払ってしまなわない本グループの1冊となっています(笑)。

ローマは、なぜ滅んだか?

『ローマ人の物語』は、その後、ほぼ年に1回のペースで刊行され、最終15巻『ローマ世界の終焉』発行は、2006年12月となっています。シリーズのヤマ場としては、「ハンニバル戦記」や、ご自身がぜひ書きたかったという「カエサル(シーザー)」など、いろいろあるんですが、私が知りたかったのは「ローマ帝国がなぜ滅んだのか」という明確な理由です。上記最終巻に、「生産しない人々の増加」というごく短い文章があります。

ローマ世界の終焉

四世紀後半から五世紀のローマ帝国にとっての真の問題は、生産者数の減少と生産性の低下に反比例するかのように増加していた、非生産者の数にあったのだ。軍人と官僚が二大非生産者だが、それに加えてキリスト教関係者という、数でも力でも前二者に勝るとも劣らない人々を、国家ローマは養っていかねばならなかった。なにしろキリスト教は、もはや完全にローマ帝国の国教である。しかもこの新しい国教と従来のローマ宗教のちがいは、一神教と多神教であるだけではなく、専業の聖職者階級の有無にもあった。神に仕えることが主たる任務である以上は、そのための環境を誰か他の人が整えてやらねばならない。

(中略)

国家は、司教を始めとする聖職者全員に、軍人や官僚に支払うたぐいの給料を保証していたのではない。聖職者たちには、教会活動の経費という名目で所属する司教区から支払われる。だが、教会の活動には、ミサや祈りだけでなく慈善や福祉や医療や教育もふくまれていた。元首政時代までのローマでは、福祉は国と地方自治体と裕福な人々が分担し、医療と教育は、それぞれにたずさわる者にはたとえ属州民でもローマ市民権、つまり属州税という名の直接税を免除するという特典を与えることで、民活にゆだねていたのである。しかし、帝国の衰退は、これらの「公」と「私」の絶妙な組み合わせによるシステムを壊してしまっていた。空洞化したそこに入ってきたのが、キリスト教会である。こうして、もともとが彼らの得意の分野であった慈善に加え、福祉も医療も教育も、キリスト教が独占する状態になっていったのだった。こうなっては世俗の組織である国家も、かたちは何であれ、助成なり支援なりに出ざるをえなくなる。ローマ史研究者たちが、末期のローマ帝国に重圧をもたらした四大非生産者層の一翼として、軍人や官僚に次いでキリスト教の聖職者もあげるのには、このような事情があったのだった。

塩野七生『ローマ人の物語15・ローマ世界の終焉』新潮社

著者の意図を過不足なく伝えるために、少々、引用が長くなってしまいました(笑)。今と、社会の構造が全く異なりますので、「軍人・官僚・聖職者」がそのまま、「生産しない人々」とはいえませんが(笑)、「高齢者=生産しない人々」であることは間違いありません。「高齢者=生産しない人々」の絶対数が増え続け、「生産者数(生産年齢人口)」が減少し、「福祉・医療」の名のもとに、国家が「助成なり支援に出ざるを得なくなる」と読み替えれば、21世紀の日本と同じ構造であることがわかります。

ということは、これから日本が「ローマ帝国末期」と同じ道をたどるのは明らかです。

まとめ

『ローマ人の物語』は、累計で1000万部超売れたそうです。読者は「歴史に学んだ」ということです。

                

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